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徳島地方裁判所 平成4年(ワ)357号 判決

原告(反訴被告) 国

代理人 栗原洋三 白石国夫 小坂守 藤田進 松尾雅広 ほか一二名

被告(反訴原告) 有限会社中川海洋開発研究所

被告 松本信重 ほか一名

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)有限会社中川海岸開発研究所との間において、原告(反訴被告)が別紙物件目録一記載の各土地につき、所有権を有することを確認する。

二  被告(反訴原告)有限会社中川海洋開発研究所は、原告(反訴被告)に対し、右各土地上に設置した別紙物件目録二記載の各物件を撤去し、右各土地を明け渡せ。

三  被告松本信重は、別紙物件目録二1記載のバスから退去せよ。

四  被告(反訴原告)有限会社中川海洋開発研究所、被告松本信重、被告萩本孝は、右各土地上に建物を建築し、あるいは杭、塀その他一切の工作物を設置してはならない。

五  被告(反訴原告)有限会社中川海洋開発研究所の反訴請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)有限会社中川海洋開発研究所、被告松本信重、被告萩本孝の負担とする。

七  この判決は、第二、第三項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

主文第一ないし第四項同旨

二  反訴

1  原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、被告(反訴原告)有限会社中川海洋開発研究所(以下「被告会社」という。)に対し、被告会社が別紙物件目録一記載の各土地(以下合わせて「本件各土地」という。)につき、所有権を有することを確認する。

2  原告は、自ら又は第三者をして、本件各土地に建物、物置、塀、杭その他一切の工作物を設置してはならない。

第二事案の概要

本件は、原告が、本件各土地は原告の所有であるのに、被告らはこれを争い、本件各土地上に別紙物件目録二記載の各物件(以下合わせて「本件各物件」という。)を設置し、これを妨害しているなどとして、被告会社に対し、本件各土地の所有権の確認を求めるとともに、所有権に基づき、被告会社に対しては本件各物件の撤去、本件各土地の明渡しを、被告松本に対しては同目録二1記載のバスからの退去を、被告ら全員に対しては本件各土地上における建物の建築、不法物件の設置の禁止を求め(本訴)、これに対し被告会社が、本件各土地は被告会社の所有であるのに、原告はこれを争っているなどとして、原告に対し、本件各土地所有権の確認を求めるとともに、本件各土地上における建物等の設置の禁止を求めたものである(反訴)。

一  争いのない事実

1  本件各土地は、もと公有水面であったが、採石業者である浜川長五郎(以下「浜川」という。)が公有水面埋立法(以下「法」という。)二条に定める免許を取得することなく、無断で埋め立てた土地である。

2  浜川は、昭和五八年六月三日付で徳島県知事に対し、本件各土地について、法三六条、三五条一項ただし書による原状回復義務の免除申請をした。これに対し徳島県知事は、同年七月二日、浜川の原状回復義務を免除するとともに、法三五条二項により、埋立てにかかる土砂の所有権を無償で国に帰属させる旨の処分をした。

3  原告は、本件各土地が原告の所有であると主張するのに対し、被告会社は、本件各土地が被告会社の所有であると主張し、これを争っている。

4  被告会社は、本件各土地上に本件各物件を設置、所有している。また、被告松本は、別紙物件目録二1記載のバスを占有している。

5  被告会社の代表者中川真一及び被告萩本は、平成三年八月一三日徳島県土木部用地課を訪れ、本件各土地上にアワビ等養殖用の漁業用倉庫を建築するため同土地を使用させてもらいたい旨申し出た。また、被告松本は、本件各土地上に漁業用倉庫を建築するとして、同月二六日建築基準法に基づく建築確認申請を行い、同年九月一三日その確認通知を受けた。さらに、被告萩本は、同月六日徳島県土木部用地課を訪れ、本件各土地の使用許可をするよう申し出るとともに、無許可でも漁業用倉庫の建築を行う旨述べた。

二  争点と双方の主張

1  本件各土地所有権の帰属

(一) 原告の主張

本件各土地は、徳島県知事が昭和五八年七月二日浜川に対し、原状回復義務を免除するとともに、埋立てにかかる土砂の所有権を無償で国に帰属させる旨の処分をしたことにより、原告の所有に帰した。すなわち、本件のように、県知事が無免許埋立工事者に対し原状回復義務を免除し、埋立てにかかる土砂の所有権を無償で国の所有に帰属させる旨の処分を行ったときは、更に国がその費用で原状回復をするということは通常考えられないから、特段の事情のない限り、右処分の時点で埋立地は公有水面に復元されることなく土地として存続することが確定し、この時点で公有水面の埋立てのために投入された土砂は、国の所有である公有水面の地盤に附合し、国の所有になるものというべきである。

(二) 被告らの主張

原告の主張は争う。埋立てにかかる土砂を無償で国の所有に帰属させる旨の県知事の処分がされたからといって、本件各土地の所有権が原告に帰属するものではない。

本件各土地は、浜川が昭和二三年ころから石材等を切り出して船積みするうち、土砂等が落下し埋め立てられてできた土地であり、浜川の所有である。現に浜川は、このようにしてできた本件各土地を、役所の指示の下に護岸工事をするなど、多額の費用と労力をかけて管理してきた。そして被告会社は、かかる浜川から、平成三年七月二一日、本件各土地を代金二五〇〇万円で買い受けた。したがって、本件各土地は被告会社の所有である。

仮に、埋め立てにかかる土砂の所有権を無償で国の所有に帰属させる旨の徳島県知事の処分により、土砂の所有権が国の所有に帰属するものとしても、浜川は、徳島県職員から、原状回復義務の免除申請をしなければ採石許可を取り消すなどと言われてこれをしたもので、詐欺又は錯誤に基づく意思表示であるから、かかる免除申請に基づく徳島県知事の処分も取り消しうるものか、無効である。

2  被告会社による取得時効の成否

(一) 被告らの主張

浜川は、昭和二三年ころから本件各土地が自己の所有であると過失なく信じて占有を開始し、一〇年が経過した。仮に占有の開始当時浜川が悪意であったとしても、占有開始後二〇年が経過した。そして被告会社は、前記のとおり、浜川から本件各土地を買い受け、その占有を承継した。

被告会社は、本訴において、右の一〇年ないし二〇年の取得時効を援用する。

(二) 原告の主張

本件のように、埋立免許を受けないで違法に埋立工事を行って埋立地を造成した者が埋立地の占有を継続したとしても、その所有権を時効により取得することはできない。

仮に、本件において取得時効の適用があるとしても、本件各土地について浜川に排他的な占有があったものとはいえない。また仮に、浜川にそのような占有が認められたとしても、本件のような場合、取得時効が認められるためには、浜川の占有開始以前に、黙示の公用廃止が認められることが必要と解されるところ、そのような事実はない。

3  原告の本件明渡請求と権利濫用等の有無

(一) 被告らの主張

原告は、浜川が昭和二三年ころ以降本件各土地を使用するのを放置し、登記手続やその他の手段をとらずにおり、また、被告会社には払下げの手続をとる旨言明するなどして、本件各土地についての被告会社の所有権を認めていたのに、平成三年に至って突然所有権を主張し始めたものである。このような原告の行為は、浜川や被告会社の信頼を裏切る行為であり、権利濫用ないしは信義則違反にあたる。

(二) 原告の主張

被告らの右主張は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件各土地所有権の帰属)について

本件各土地がもと公有水面であり、これを採石業者である浜川が法二条に定める免許を取得することなく、無断で埋め立てたことは当事者間に争いがなく、〈証拠略〉によれば、本件各土地の間には、浜川と同様採石業をしていた石井寿賀子が法二条に定める免許を取得することなく無断で埋め立てた土地が存在し、いずれもウチノ海に面していること、現在これらの土地は平坦に造成され、本件各土地には、安全に船の発着が可能となるよう、一部に護岸やコンクリート打ちが施されていることが認められる。

ところで、このような公有水面の無願埋立人が埋め立てた土砂については、直ちに公有水面の地盤に附合するという考えもありうるが、法三六条、三五条が、このような無願埋立人に対し、投入した土砂の原状回復義務を負わせ、さらにこのような原状回復義務の免除がされた場合に限って、投入した土砂を無償で国の所有に帰属させることができる旨規定していることなどに照らすと、無願埋立人が投入した土砂は、直ちに公有水面の地盤に附合するのでなく、原状回復の余地が残された動産として存続するものと解するのが相当である。そして、その後県知事が無免許埋立工事者に対し原状回復義務を免除し、埋立てにかかる土砂の所有権を無償で国の所有に帰属させる旨の処分を行ったときは、もはや国がその費用で原状回復するということは通常考えられないから、その時点で埋立地は公有水面に復元されることなく土地として存続することが確定し、同時に埋立てのため投入された土砂は公有水面の地盤に附合し、国の所有に帰すものと解するのが相当である。前記争いのない事実によれば、浜川は、昭和五八年六月三日付で本件各土地について徳島県知事に原状回復義務の免除申請をし、これに対し徳島県知事は、浜川に対し、同年七月二日原状回復義務を免除するとともに、埋立てにかかる土砂の所有権を無償で国に帰属させる旨の処分をしたのであるから、右の時点で、浜川が本件各土地に投入した土砂は公有水面の地盤に附合し、国である原告の所有に帰するに至ったものというべきである。

被告らは、浜川のした原状回復義務の免除申請は詐欺又は錯誤に基づくものであるから、かかる免除申請に基づいてされた前記徳島県知事の処分は取り消しうるものか、無効であると主張する。しかし、本件全証拠によるも、浜川のした原状回復義務の免除申請が詐欺又は錯誤に基づくものであると認めるに足りる証拠はなく、かえって、〈証拠略〉によれば、浜川は、昭和五三年秋ころ、小松島海上保安部に本件の不法な埋立てを摘発され、徳島県の河川課からは埋め立てた土砂を原状回復するよう言われたが、原状回復には費用もかかり、また、原状回復すれば採石を陸上輸送しなければならないことになってコストが嵩み採算がとれないため、なんとか原状回復しなくて済むよう県の河川課職員と折衝した結果、仮設の護岸を設置するのであればよいということになり、護岸工事をし、原状回復義務免除の申請をして、これを認めてもらった経緯のあることが認められ、これによれば、浜川の原状回復義務免除の申請は、同人の意向に沿うものでこそあれ、詐欺や錯誤に基づくものではなかったことが明らかである。したがって、この点に関する被告らの主張は理由がない。

そうすると、たとえ被告会社が浜川から本件各土地を買い受けたとしても、本件各土地の所有権を取得するいわれはないものといわなければならない。

二  争点2(被告会社の取得時効の成否)について

前記争いのない事実と〈証拠略〉によれば、浜川は、昭和二三年ころから本件各土地付近の山を切り崩し、土砂の混じった岩石を海岸沿いまで運び、これを船で積出しするという方法で採石を行っていたこと、このような採石の積出しの過程で、付近の公有水面は徐々に埋め立てられて陸地化していき、昭和五三年ころにはほぼ現在のような形状の土地になったこと、そして、そのころ前記のように、浜川ら付近の採石業者は、小松島海上保安部に不法な埋立てを行っているとして摘発され、徳島県の河川課からは埋め立てられた土砂を原状回復するよう指摘されるに至ったこと、そのため浜川は、県の河川課と協議し、仮設の護岸工事をすることで原状回復義務を免除してもらうことになり、昭和五四年の春ころ本件各土地の一部に汀線に沿って護岸工事をし、昭和五八年六月三日には徳島県知事に現状回復義務の免除申請をしてこれが認められたこと、以上の事実が認められる。

被告らは、このようにして昭和二三年ころから浜川は本件各土地の自主占有を開始し、二〇年以上継続して占有していたから、仮に本件各土地の所有権が原告にあるとしても、一〇年ないし二〇年の取得時効により、被告会社は本件各土地の所有権を取得したと主張するので検討するに、なるほど、公共用財産であっても、長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続しても、そのことにより実際上公の目的が害されることもなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなったような場合には、かかる公共用財産について黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効が成立しうるものと解するのが相当である。そして、この理は、本件のようにもともとは公有水面であったものが後に人為的に埋め立てられ陸地化したような場合にも等しくあてはまるものというべきであるが、そのためには時効の基礎となる自主占有の開始時点において既に黙示の公用廃止を認めるべき客観的状況が存在していたことを要するものというべきである。けだし、公共用財産が、一方で公共用財産としての性格を保持しながら、他方で私人の排他的な占有を許すものとは考えられないからである。

そこで、これを本件についてみるに、前認定のように、浜川は昭和二三年ころから本件各土地付近で採石を始め、その積出し等の過程で付近の公有水面を徐々に埋立てていったものであるが、その時点ではまだ本件各土地のうちごく一部が埋め立てられていたにすぎないと認められるから、そのころに浜川が本件各土地の自主占有を開始したとはいえないし、もとより当時、本件各土地に相当する部分について黙示の公用廃止を認めるべき客観的状況が存在したということもできない。また、仮に浜川が護岸工事をした昭和五四年春ころに本件各土地全体の自主占有を開始したとしても、前記のように当時浜川は埋立地の原状回復義務を免除されていたわけではなく、これが公有水面として復元される余地も残されていたのであるから、その時点においてもなお、本件各土地について黙示の公用廃止を認めるべき客観的状況が存在したものということはできない。結局、浜川について取得時効を認めるとしても、浜川が徳島県知事から原状回復義務を免除された昭和五八年七月二日以降ということになるが、本件の場合、それでは時効期間として不十分であることは記録上明らかである。

そうすると、被告会社が本件各土地の所有権を時効により取得したと認めることはできない。

三  争点3(権利濫用等の有無)について

被告らは、原告が浜川の本件各土地使用を放置し、被告会社に対しては払下げの手続をとる旨言明していたのに、突然土地所有権を主張し、本訴を提起するに至ったとして、これが権利濫用ないしは信義則違反にあたると主張する。しかし、前認定のような事実関係に照らし、原告が浜川の本件各土地使用を放置していたとは認められないし、本件全証拠によるも、原告が被告会社に対し、本件各土地の払下げを言明したと認めることもできない。そして、他に原告の本件明渡しの請求が、権利濫用ないしは信義則違反にあたると認めるに足りる証拠もない。

四  結論

よって、本件各土地の所有権に基づく原告の本訴請求はいずれも理由があり、被告会社の反訴請求はいずれも理由がないことに帰するから、原告の本訴請求をいずれも認容し、被告会社の反訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

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